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80代の認知症の初期症状は?身内に起こったリアルな変化と家族が気づいたこと


認知症の初期

80代の認知症の初期症状は、人によってかなり違うのだと感じています。

「同じ話を繰り返す」「財布やカギの置き場所を忘れる」などはよく知られていますが、私の身内の場合、それだけではありませんでした。

病院の請求書が来ても支払われていない。退院後保険請求の方法がわからない。スマホや固定電話の管理がうまくできない。契約や支払いの理解があいまいになる、など。

一見すると普通に暮らしているように見えても、「生活管理」の部分に少しずつ変化が出ていたのです。

この記事では、80代の身内に起こった認知症の初期症状の実例と、家族として気づいたことを書きます。

身内に起こった認知症の初期症状の変化

病院の請求書や支払い管理
⇒入院していた病院から請求書が来ていて期限が過ぎているのに支払っていないのです。それで再度くる…何だろう?と思い、わたしに首位をいっぱい持って来て聞いてくるのです。

書類はていねい過ぎる文章でわからなくもないんですけどね。

入院中にパジャマは病院のをお貸したので使用料○○〇〇円を▷月▷日までに支払ってくださいね、みたいな文面ならわかりやすいのですけどね。

・医療保険の請求方法がわからない
⇒医療保険保険に入っていた認識はあるから、保険会社に電話して申し込み書類は送ってもらったらしい、なぜか2通ある、わたしは何で2通あるの?と思う。本人に聞くと答えは返ってこない、こういうやり取りがスムーズにできないのです。

・スマホや固定電話の管理
⇒スマホに出ないのは、耳が悪く気づかないとか、うまく取れなかったりとか。昔の電話回線では起こらなかった現代の難しい部分もあります。

固定電話にかけるとつながらないけれど、回線切れてる感じでもない。固定電話は電話回線ではなく、おうちでんわのタイプで何かの拍子に接続が悪くなっていて、本人はやめたつもりでコードを抜いていただけ。

ここもほんとに使いづらいからどうにかしたいなら、直し方を聞くか、契約解除する方法を聞くかすべきなのに、コンセントからコードを引っこ抜くことで契約解除できたと思っている。

支払いは自動で落ちているのにチェックができていない。

・訪問販売や契約トラブル
⇒訪問販売や詐欺トラブルに巻き込まれやすくなった。遠くからセールスに来た人に着物を買ったりして、買っていないのに着物が送られてきたと言って送り返したそうだけど、毎月支払いが落ちている。しかも何カ月も過ぎてから言う。

これ解決するのに市役所に何回も行かなければならなかった。いくらかの損で解決は出来た。テレビで見るよくある手口のサギと数日電話でやり取りしていた⇒私が見つけ解決した。

つまりなんだかんだで、ムダなお金はよけいに使っているのだけれど、チェックしていないし気づいていない。

日常の作業はできていても、「1世帯の管理」が難しくなる

・買い物、食事、掃除洗濯はできる

・支払い、契約、書類、通信管理がおぼつかない

・外から見ると普通に暮らしているように見える

全体を見渡せなくなるから、わがままになる、というのもあります。つまり成長するのではなく逆ですね。しかしそれが表れるのも全体ではなく、部分的で場合により影響がでてくるのです。

ちょっとした外出でも今までよりも身支度に時間がかかるんですね。その程度は、普段の買い物して食事や掃除洗濯はできるので誰かいれば困らないけれど、1所帯を管理するのがおぼつかないレベルなのです。

クレジットカードを知らない人に見せるというよりも、自分が困っていつも行く場所で聞く、すると勧誘されカード渡す、意識ないまま、〇Uからド○○へなど変わっている、という感じ。

自動引き落としの確認ができなくなっていたり。使ったサービス名と通帳に記載される引き落とし名が違うケースがある、だからわかりにくい。

自分の住まいは電気は○○電気、スマホは○○と認識できていない、など。電話、電気、ガス、等は昔は決まっていたけれど、今は選べるからややこしいのです。

手助けする側には見えない負担もある

日常生活や判断力に少しずつ影響が出始めるのです。つまり能力が少しづつ低下していく感じ。

何か問題が起こるたびに、わたしは普段の生活は知らないから、遡って想像し、書類を何度も見て、あちこち電話をかけ解決までが時間がかかるのです。

しかも今どきは会社に電話をかけてもオペレーターが出てこないケースが多くイライラします。

親ではないからその人のライフラインを把握していない中で調べるのはかなりめんどくさいのです。

認知症の初期症状は、「暮らしの管理」に表れることもある

『何度も同じことを言う』のは、ひとごとだと流せばいいのに、と思いそうですが、実際に経験するとイラつくんです。それを聞き続けるのは忍耐いるんですよね。ラジオが鳴っているという流し方は無理です。

生活はできていても「1世帯の管理」が危うくなるって、ハラハラしつつも全部を見守ることはできないので、知らない間に何かやらかしているのです。⇒そしてまたこの問題解決に手がかかります。

かといって親ではないから、お世話になったこともないし、わたしの責任じゃないのにとモヤモヤしつつも放っとくことはできません。

つまり、同居人がいれば特に問題はないわけです。自分のことは自分でできるので。一見すると普通に暮らしているように見えるので、離れている子共には気づきにくく本人も仕事&子育てが忙しいので何も行動しないままで日々過ぎてしまうのです。

要するに、むずかしいことが理解しづらく放置するようになるんですね。

物忘れといっても、芸能人のことは忘れても困らないけれど、日常生活で忘れるのはケンカの元になるんですね。日々の暮らしは何気ないことの連続の記憶でつないでいくものだから。

親の介護を経験し、身内の能力の低下を見、近所の高齢者の衰え方を見たことで、おひとりさまの私の終活を考えるようになりました。